2016年06月21日

さびしすぎて〜に行きましたレポ(永田カビ)

タイトル、最初はちゃんと書いたんですけど、広告とかサイト規約の関連で
この文字列はアウトの可能性があるので、タイトルぼかします。うーん。

正式タイトルは画像で確認してください。

あ〜せいねんむけの内容じゃないけどせいねんむけでもあるのかもな……直接的な描写はけっこうあります。
どうやって紹介したもんかなやむな。
「そこじゃない」部分が良かったし、そこじゃない話なので。




「なにか」につまづいてしまって、うまく人とコミュニケーションがとれなくなった主人公。
(所属を失った、社会人にすんなりなりきれなかったのがキッカケのひとつとしてあげられているかも)
コンプレックスや精神的な痛みを癒す・次のステップに行くには「抱きしめられる」ことが必要だと思いいたって、そういうサービスを利用してみた、けど……というお話。

pixivでそのいちばん盛り上がるあたりは読んでいた。単行本ではそこにいたるまでの葛藤や、前提が補足されている感じ。もともと期待していたけど、やはり前提や葛藤の中に読むべきところが多いと思うので、心になかなか解決できない寂しさや、停滞したものを感じる人は読んでみるといいと思う。


私自身のことを言えば、近頃共感が薄れていた。
共感と言うのは気持ちいいもので、自分だけじゃない、自分も認められる、誰かと自分が同一っていうすごい感覚なのです。
そんな共感が失われるのはストレスになるのよ。
共感とは決して他を排除することではなくて、自分以外からの支えのひとつだと思っている。

このところ立て続けに「これはこういうもんだ」という決め付けを見かけては「私はそうじゃない」という、共感できない断定に晒されて、もっと「私はこうだ、こうなんじゃないか」っていう話を聞きたかったんだよ……


「居心地が悪い時って 劣等感から自分をよく見せようとしている時か 自分の本心をわかってない時」(29P)
「私 自分から全然大事にされてない……!!」(55P)
「自分から『大した事ない』扱いされる」(55P)


自分ではがんばって、もうダメだ、休もうって思ったのに回りからは「(いままでが)休んでるんだと思ってた」って言われちゃうとか……つらいけどなんか思いあたる
とにかく自分と周りの考えてることや欲しいもの与えるものがちがいすぎて「??」とはてなが飛んでる状態の「前提部分」……

ほかにもいろいろあるんですが、とにかくこうやって「ああ、そう、そうなんだよね〜」と思いながら、自分のもやもやを言語化してくれている本を読むのはとてもやすらぐのです。

そして性へのコンプレックスをみつめて表題どおりの行動の結果、たどり着いた思いもなんかすがすがしいですね。欲しいものが少しずつわかってきたのかなって思わせるラストがまた良いのです。
posted by 藤村阿智 at 11:46| マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする